酒と本

健忘症の備忘録

剣客商売1 剣客商売

池波正太郎の作品の中でも「鬼平犯科帳」「仕掛人 藤枝梅安」「真田太平記」と並んで、代表作といえる「剣客商売」の第一作。

七編収録。「女武芸者」「剣の誓約」「芸者変転」「井関道場・四天王」「雨の鈴鹿川」「まゆ墨の金ちゃん」「御老中毒殺」。

お気に入りの一遍は「まゆ墨の金ちゃん」。

吉川英治文学賞受賞。

 

無外流の達人であるいきな老人秋山小兵衛と、剣術一筋に生きる息子秋山大治郎の二人が、江戸で起こる、ときに凶悪で、ときに滑稽な事件を解決していく短編快作。

 

時代背景は江戸中期の田沼時代後半、20年の治世の終わりの5~10年くらいと思われる*1。「鬼平犯科帳」が松平定信寛政の改革期、「仕掛人 藤枝梅安」が松平定信罷免後となっているので、「鬼平犯科帳」とは少し時代的な重なりがある。*2

 

無外流の達人だが小男で飄々とした小兵衛と、大男で一本気な大治郎の対比が面白い。わきを固める人物も興味をひくものが多く、小兵衛の弟子で岡っ引きの弥七や男装の剣客・三冬、小兵衛の後妻になっているおはる、などなど魅力的な女性も登場する。

私は弥七の下っ引きをしている傘屋の徳次郎がお気に入りである。

 

 他の池波正太郎作品と同様に食べ物がうまそうに描かれている。

善人と悪人ともに登場人物は魅力的で、世界というものは白黒はっきりしていない曖昧模糊とした灰色でできている、というこれまた池波正太郎作品に共通するテーマが描かれている。

 酒は日本酒を湯のみで、肴は湯豆腐かスズキの刺身など。

 

以下、お気に入りの部分を引用する。

「もういけませんよ、牛堀先生。それにしても、つまらぬことをしてしまいました。もう、女も抱けぬし、酒ものめない……ですが、先生。やはり私は、剣術つかいの血が本すじだったのですねえ」

三浦のまゆ墨も口紅も雨に叩かれ洗われて、糸瓜顔が紙のように白かった。

「それにしても、このお人……秋山大治郎さん。た、大変なお人さ」

にやりと大治郎を見上げて、三浦金太郎が、

「いまに、お父さんのように、なるかも知れないねえ」

妙に、やさしい声でいった。

 

 

*1:作品後半で、田沼意知が殺害される部分がある。

*2:鬼平犯科帳では長谷川平蔵が秋山小兵衛に関して述べるくだりがある。