真夜中のマーチ
2003年に発刊された奥田英朗のクライムノベル。
奥田英朗といえば他に「最悪」「邪魔」「イン・ザ・プール」などが有名だが、読み返したいと思う回数はこの「真夜中のマーチ」が一番多い。
「最悪」「邪魔」のようなシリアスなクライムノベルよりも「イン・ザ・プール」のようなコミカル要素が強い。
「イン・ザプール」が好きだった私はすっかり引き込まれてしまった。
読むにつれて魅力を増す登場人物、物語の疾走感などは奥田英朗の作品だけあって素晴らしいものがある。
物語は半グレ実業家のヨコケン、一流商社のダメ社員ミタゾウ、詐欺師の娘クロチェの三人が、美術詐欺の儲け10億円を奪う計画を立て、それを軸に広がっていく。
非常にテンポが良く、読後感は爽快。「登場人物たちと共に走りきった」という感情が読み終わった後に残る。
登場人物ではミタゾウが味があって面白い。彼を中心としたスピンオフ作品を読みたいくらいである。
酒はビール、缶から直接何本でも飲みたい。肴はジャンクフード、体に悪そうであればあるほどいい。
以下に、お気に入りの部分を引用する。
「レッツゴー」千恵が拳を突き出した。
「アイアイサー」ヨコケンが海賊みたいな返事をした。
「このトラック、多少ぶつけても平気ですから」ミタゾウは頓珍漢だ。
三人が一列に並んでいる。急にハイな気分になった。一人じゃなくて、やっぱりよかった。
髪結い伊三次捕物余話 幻の声
5編の短編集となっている。
捕物「余話」となっているように、捕物自体が重要ではなく、
主人公・伊三次を中心とした、人間関係などに主眼が置かれている。
当時の雰囲気もよく伝わり、読後感が非常に良い。
伊三次が江戸の下町で、精一杯、男の意地を張り通していることに勇気づけられる。主に金銭の絡んだ状況下*1だけに、親近感もひとしおである。
読み終わった後に「明日も、せいぜい仕事を頑張ろうか」と思わせてくれる。
伊三次には、お文という恋人がおり、彼女は深川で芸者をしている。
彼女も芸者としての意地を持ち、それが伊三次との諍いの元となることもある。
収入もお文のほうが多く、そのこともまた伊三次を悩ませる。
伊三次がそのことで悩むとき、ふっと、奥方の収入が自身の2倍以上あるという同僚の顔が思い浮かぶ。彼の寂しげな苦笑いが伊三次と重なって見えたりするのである。
酒はぬる燗で甘口を3合程度。肴は下魚の干物が合う。
下戸の伊三次に合わせて、酒でなく、葛餅などもいいかもしれない。
以下、身につまされる部分の引用。
「おれァ……何も盗られておりやせん。何も何一つ……」
いなみの柔らかく暖かな手が伊三次の手に重ねられた。いなみの声が弾んでいた。
「ありがとう伊三次さん、わかってくれて」
「銭があれば株はいつでも買えます」
「そうですよ、伊三次さんは若いのですもの、きっとその内に株は買えますとも」
「銭さえありゃあ、済むことです」
剛毅に言い放って、けれどなぜか伊三次は泣けていた。
*1:当時の成熟した文化が、現在の経済的に成熟した社会とリンクし、身につまされる。
ダックスフントのワープ
純文学として第9回すばる文学賞を受賞した作品。
藤原伊織の処女作でもある。
4本の短編を収録しており、表題となっている「ダックスフントのワープ」は何度も読み返したくなる。
登場人物のマリは「悲劇的な性格」という言葉を「好き」であるという。
この「悲劇的な性格」は藤原伊織作品に見られる傾向であると思う。
「テロリストのパラソル」にしろ、「ひまわりの祝祭」にしろ、である。
勧善懲悪・ハリウッド的なハッピーエンドを求める心境のときには読まないほうがいいだろう。
読むときの酒は洋酒。肴はなくてもよい。
短編ごとの好みは以下の順。
「ダックスフントのワープ」
「ユーレイ」
「ネズミ焼きの贈りもの」
「ノエル」
ちなみに、この備忘録には酒の話も出てくる。私は酒のみではあるのだが、違いが分からない男である。
日本酒とウイスキーの違いはわかっても、そこからのカテゴライズはできない。
本も、小説と実用書の違いはわかっても、純文学だの大衆小説だのは違いがさっぱりである。
この辺りの区分に関しては非常に適当である。不備があっても私の浅学ゆえのことである。気にしないでいただきたい。
最後に気に入った部分を引用する。
「僕はいつも、周りの人たちのバランスを崩してばかりいた。その時は気付かないけど、あとで考えるといつもそうなんだ。だからいま言ったことは全部、ほんというと僕が話す資格のないことばかりだった」
「先生は、距離のことよく考える?」
「考えるよ」
「どこにいたいの」
「引力のそと」